2019.10.02 wed

川上未映子「あなたは、あなたの専門家」コラムvol.1

小さな子どもを育てていると、ことあるごとに「どうやったら自尊心のある子どもに育つのかね」という話題になる。これは、今はもう小さな子どもではないミレニアム世代の女の子たちにとっても大事な話で、たとえば、他人にあれやこれやと評価されるのとは別に、自分が自分をしっかりと信じるためにはどうしたらよいのか、という問題と根っこはおなじなんですよね。自分以外のことは眼中にない四六時中うっとりナルシシズム、っていうのではなく(それでも別にいいけれど!)、自分を安定した気持ちで好きでいるためにはどうしたらよいのか。誰の目も気にせず、にっこりと笑える毎日にするにはどうしたらよいのか。これには色んな方法があると思うけれど、やっぱり「どんどん、たくさん、失敗すること」って、大事なんじゃないかとすごく思う。

わたし個人のことを言えば、これがもう、失敗ばかりの人生だった。

子どもの頃からわりにハードな環境で、人間関係もお金も仕事も、何もかもうまくいかない時間が圧倒的に長かった。「えーでも、未映子さん今けっこううまく行ってるように見えるけど!」と思われるかもしれないけれど、文筆業に就いたのも三十歳をすぎた頃。幸いだったのは「何かを作る」ことへの冷めやらぬ情熱があったことと、病気をしなかったことのふたつだった。みんなにも、何か好きなこと、絶対にやめられないこと、叶えたい夢はあるだろうか。だとしたら、やっぱりそこに向かう道の途中で、失敗すればするほどそれは力になるのだと思う。

誰の言葉だったかな、「専門家というのは、その分野においてありとあらゆる失敗を、最も数多く経験した人のこと」というのがあって、それはなるほど真理だと思う。失敗するということは挑戦した結果だし、挑戦のないところにはどんな達成もありえない。何かを一生懸命にやる、ということは、常に失敗を繰り返すこととほとんどおなじ意味なのだ。

そんなこと言ったって失敗にも色々あるじゃない!と思うかもしれない。でも、恥をかいたり、嫌われたり、ひとりになったり、落ち込んだりの失敗なら、だいじょうぶ。SNS百花繚乱のこのご時世、「人の噂も七十五日」は「七十五分」に変化したし、他人は基本的に、無責任なものだもの。褒めるのも、反省するのも、まずは自分で自分に向けて。運とか、自分以外の何かが決める「成功」も大事なのはわかるけど、でも、誰にも評価させない、自分にしかわからない「成長」の領域をしっかりもって生きること。「成功」は、たとえ一度は手に入れたとしても、あっというまに消えることもある。けれど成長はぜったいに消えたりしない。そしてそれは、失敗の別名でもあります。

あなたがあなたを好きでいるために、あなたとして生きていくために、どんどん失敗して、自分にしかわからない何かを積み重ねていってほしいと思う。

文 : 川上未映子
イラスト : NOZOMI YUASA

川上未映子

1976年、大阪府生まれ。 2007年、デビュー小説『わたくし率イン 歯ー、または世界』が第137回芥川賞候補に。同年、第1回早稲田大学坪内逍遥大賞奨励賞受賞。2008年、『乳と卵』で第138回芥川賞を受賞。2009年、詩集『先端で、さすわ さされるわ そらええわ』で第14回中原中也賞受賞。2010年、『ヘヴン』で平成21年度芸術選奨文部科学大臣新人賞、第20回紫式部文学賞受賞。2013年、詩集『水瓶』で第43回高見順賞受賞。短編集『愛の夢とか』で第49回谷崎潤一郎賞受賞。2016年、『あこがれ』で渡辺淳一文学賞受賞。「マリーの愛の証明」にてGranta Best of Young Japanese Novelists 2016に選出。他に『すべて真夜中の恋人たち』や村上春樹との共著『みみずくは黄昏に飛びたつ』、短編集『ウィステリアと三人の女たち』など著書多数。『早稲田文学増刊 女性号』では責任編集を務めた。最新刊は長編『夏物語』。